新規事業づくりを考える

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書評:父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話(ヤニス・バルファキス)

 

 世界中でベストセラーになっている本書。

 
ギリシヤ経済危機の際、財務大臣を務めた
経済学者バルファキスが、10代の娘に向け、
平易なことばで経済を説明していく本だ。
 
この本は、少女の素朴な疑問から始まる。
「パパ、この世には、どうして格差があるの?」
 
それに答えるように、世の中(経済)の仕組みを
順々に説明していく。1万年前におきた農耕から
通貨の発生、富を収奪する国・宗教と話が進んでいく。

 

本書のはじまり方は、20年ほど前にベストセラーになった
ソフィーの世界」に似ていると感じた。
少女と哲学者の文通を通じ、哲学の世界を、解きほぐしていく。
 
でも実は僕は、ソフィーの世界を途中で投げ出してしまった。
哲学の世界は、掘り進めれば掘り進めるほど、
「こまかい論理のいじりまわし」になっていって、
飽きてしまったのだ。
 
この本もそうなってしまうかなぁ、と思っていたが、
予想は良い意味で裏切られた。この本は真逆で、
読めば読むほど、どんどんと現実世界に近づいていく。
 
なかなか上がらない給与の問題、
AIに奪われるか心配な職の問題、
国の存在意義と仮想通貨の問題、
日々ニュースで聞いたり、
僕自身が不安に思うようなことが、
真正面のテーマとして語られていく。
「なるほど、そう考えられるのか」と熱中した。
 
個人的に特に印象的だったのは、以下3つ。
 
1つ目は、資本主義が幅を利かすことによって、
忘れられてしまった価値観/世界観があったこと。
 
多くのものは「お金で買える」し、
また自分たち自身も、「給与(稼ぐ力)」という
”戦闘力の数値化”ができてしまう、という考え方は、
非常に近代的で、300年程度の歴史しかないこと。
 
むしろ「お金を積んで得られる」ものなんて
大したことが無かった時代が長かった。
輸血と同じで、「ボランティアならやるが、
報酬を与えると参加者の数が激減してしまう」
ような類の行動が、世の中の大半を占めていた。
 
この事実は、最近のコミュニティ論による
社会システムのリデザインには、強いヒントに
なるはずだ。
 
2つ目は、現在の経済において国家が、いかに
”清濁併せ呑”んでいるかが、良くわかったこと。
男はつらいよ、ではなく、国家はつらいよ、だ。
 
経済は、人間の業から離れられることは出来ない。
慢心から生まれるバブル、恐怖心から生まれる恐慌は、
逃れることは難しい。
 
そんな不安定なシステムを支えるためには、 
平時の国債発行が必須で、悪ではないこと。
ギリシャや日本のように、やりすぎは、当然
 良くないのだが・・・)
債務免除という「唐突なルールチェンジ」は、
それ以上に圧倒的な不合理を防ぐ為に必要なこと。
義理の問題ではなく、実務の問題だ、と言い切る。
また、不安の解消には、マネーサプライの
コントロールは、どうしても必須であること。
 
経済という不安定ながら循環し生き続けることを
定められたシステムの、国家は必須パーツなのだ。
 
そして、その延長で、仮想通貨とは、
集中管理をする存在がないという、その
レゾンデートルそのものが、大欠陥であると指摘する。
 
3つ目は、テクノロジーの行き着く先に、著者なりの解を
示していること。マトリックスブレードランナーを肴に
自動化・アンドロイド化が進んだ世界を考察する。
 
テクノロジーの進化が、富の集中を加速させ、同時に、
雇用を奪い、大衆の消費力を削って、経済全体の成長を
阻害していることに警鐘を鳴らす。
 
これを打ち破るために、テクノロジーから得られた利益を
社会全体に還元する仕組みが必要だ、と主張している。
 具体的な仕組みは挙げられていなかったが、
イメージは、AWSのようなクラウド事業の国有化だろうか。
 
確かに、IT巨人たちの得る利益は、軽く国の税収を超えてくる
時代がやってくるだろうから、荒唐無稽とは言えない案だろう。
 
最後になるが、この本に通底するのは、
著者の「経済学への怒り」だ。
いまの経済学は、アフリカの占い師と同じだと喝破する。
論証不可能なこじつけ論理を重ね、
一般人を議論から置いてきぼりにしている、と。
 
そして、我々市井の人に、経済を理解することを促す。 
「経済のことは難しいから、専門家に任せっきり」というのは、
映画マトリックスで、仮想の夢を見せられ、機械に飼われている
人間と何ら変わらないと著者は言う。
 
ギリシャ危機の火消しを担った当事者の言葉は重い。