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読書メモ:ヒット・リフレッシュ(サティア・ナデラ)

 

Hit Refresh(ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来

Hit Refresh(ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来

 

 

目次

 

概要/メモ

マイクロソフトの劇的なターンアラウンドを成し遂げたCEOナデラの本。

経営者本にありがちな、自慢話や苦労譚が、一切ない。

「協調」と「社会的責任」を重んじるナデラが、未来のために考えていることを投げかける本。

 

・AI/複合現実/量子コンピューティングは、新たな産業革命を起こす

・働き方・生き方・学び方が、変わる。社会が変わる

・テック・グローバル企業は、社会変革を起こしていることに自覚的になるべき

・つまり、きたる社会変革が「フェアで、全体のパイを大きくする」ものになるように(フリーライダーや金儲けではなく)システム創造の責任者として舵をとるべき

・そのために、マイクロソフトもナデラも、聞く耳を持ち、積極的に議論を行い、成長し、自制的になる必要がある

 

マチュアな哲学だと思ったし、

ナデラとマイクロソフトが好きになった。

 

本書の内容

・(1) ナデラの半生

 ー 第1章: インドの学生時代、価値観の形成

 ー 第2章: マイクロソフトでの修行時代

・(2) マイクロソフトのターンアラウンド

 ー 第3章: CEO就任

 ー 第4章: 企業文化を変えるための取り組み

 ー 第5章: 他企業とのコラボレーション

・(3) テクノロジーの未来と、グローバル企業の「あるべき姿」

 ー 第6章: 世界を変える3つの技術(AI/MR/量子コンピューティング)

 ー 第7章: 社会変革の論点①: プライバシー/言論の自由と、国家の警察権(≒ テロと犯罪の抑止)のバランスを如何にとるか?

 ー 第8章: 社会変革の論点②: AIの未来。人間とAIは、どう付き合うべきか?

 ー 第9章: 社会変革の論点③: テクノロジーの進化を、経済成長(世界の幸福量アップ)に結びつけるために考えるべきことは?

 

感じたこと

マイクロソフトがターンアラウンド出来た理由

・ナデラの感性(1): UXの現代的なセンス。クラウド・モバイルファーストなユーザー体験といった未来は、ビル・ゲイツにも、スティーブ・バルマーにも見えなくなっていた。だが、検索エンジンのBingや、クラウド事業を手がけていたナデラには明確に見えていた。

・ナデラの感性(2): 協調と謙虚と社会的責任感を旨とする、高い倫理観。彼が、いち職業人として目指していること、企業の一員としてありたいと思う姿、歴史のなかで企業として果たしたい役目、この3つのレイヤー全てで、とても謙虚。だから、受け入れられている。

・ナデラへの劇的なリーダーシップ交代劇: マイクロソフトの劇的なターンアラウンドに伴った痛みは、本書では、ささやかにしか触れられていない。以前読んだ、元マイクロソフト日本社長の樋口さんの本の方が、生生しく描かれていたと記憶。以下はそのメモ。

  • トップ自身が変革の阻害要因だと、ゲイツ/バルマーは自ら悟り、2013年サティア・ナデラに権限移譲。その後、バルマーは、1日も出社しなかった
  • ナデラは、1週間で役員を切替え、これまでの vs. Apple/Google戦略ではなく、
    AppleGoogleに、”端末単位では軍門に下り”、”クラウドでは勝つ”という方向に大きく舵を切った
  • windows8までは、少数の天才的技術者が作ったOSが良いと言われていたが、あらゆるデバイス・あらゆる場面でも、同様に使えるということに全精力をつぎ込んだ、すり合わせ型の開発に移行した。
  • カスタマー・オブセッション: それまでは、クライアントから「マイクロソフトの営業は、傲慢で上から。どうせOfficeしか使わないでしょ、という感じ。」と言われ、法人ビジネスが弱かった(=中核であるサーバー機器導入/ERPシステム)。OS販売とERPとサーバーのチームも協調しなかった。個人主義で、自分のモノを売ってきた人が強い、という風潮。それを、「クライアント企業の働き方を、どう変えるか?」を一緒になって考えるコンサルタントへ。日本では、CQO(Chie Quiality officerという火消し屋 兼 謝罪屋 兼 ゲリラ)を作り、部門間の「ワイガヤ」を促進
  •  参考

 ・企業文化への徹底したコダワリ

 ー 役員合宿 → 涙を流しながら価値観共有

 

ナデラの人間形成

・人生に意義を見出すことを重要視した母親

 ー「好きなことを好きなペースでやる、よこしまな目的に左右されず、心を込めてしっかりとやる。そうすれば、人生に失敗することはない」

・ハイデラバードパブリックスクールは、グローバルIT社長をたくさん排出

 ー アドビのCEOは、友達

クリケットのチームプレー

・仏教の価値観

・超エリートではなかった(IITへの受験失敗)

・人種の壁があったマイクロソフトで、冷静に、働く情熱を育てた

 ー 90年代まではVPにはなれないと言われていた(!)

 ー "人が何かを創造し挑戦することを手助けしたい"

・障害を持った子供を2人授かる

 

テクノロジーの行く末を、どう読んでいるのか?

・ナデラですら、分からない+読み過ぎは危険だと思っている

・正しい態度は、「試行回数を増やす・失敗に慣れる・撤退に上手くなる」

・MSは3つの時間軸で事業を捉えている
 ー 四半期に1回の、UX向上
 ー 近い将来のプラットフォーム変更
  ・音声IF/アシスタント機能/工場・車・家庭のあらゆるIoT化
 ー イノベーションの最前線のR&D
  ・MR、AI、量子コンピュータ

   ー 複合現実: 医療、教育、製造

           ー 人工知能: 予測。ジカ熱などの流行。リソースの最適配分

   ー 量子コンピュータ: がん治療、地球温暖化

 

AI進化の行く末

アルゴリズムを、カスタマイズする企業は、ごく一部に限られてくる

・汎用アルゴリズムを、みんなが使う世界へ(=MSの志向する先)

 ーMSの例)McDonald: ドライブスルー支援、ウーバー: ドライバーの写真と顔を照合、ボルボ: ドライバーの注意散漫を啓発

・MSRの研究内容は、どれもエキサイティング

・倫理との境目

 ーStanfordの100年研究が先行

 

量子コンピューティング

・ビットではなく、キュービトという量子学的存在にて、計算する

・AIが、認知(=人間レベルの自然言語理解)に至るには、量子コンピューターが必要かもしれない
・莫大な計算量が求められる例)HIVのワクチン
 ー HIVのワクチン開発にあと10年かかると言われている理由は、HIVの蛋白膜が極めて変化しやすいから

量子コンピュータのハードルは、3つ

 -(1) 数学:位相キュービット
 ー(2) 超電導工学: 安定した位相キュービットを作る方法の確立
  ・量子コンピューターの最大の敵はノイズ。宇宙線、稲妻、携帯電話による電磁波
 ー(3) CS: 量子コンピュータのためのプログラミング方法の確立

量子コンピューターは、非常に繊細なので、普通のパソコンに載るようなものではない。クラウドで繋がり、普通のPCを補助する存在になる

 

ナショナルセキュリティと、プライバシーのせめぎ合い

・セキュリティと、プライバシーのせめぎあいは、米国での議論を眺めるほかない

・日本では、リアリティの沸かない抽象的な議論に終止しているが

・米国では、すぐそこにある、本当に危機的な論点なんだということがわかった

 

また、不当な検挙や、摘発は、アメリカにとっては、革命の原動力になってきた

・修正第4条 by ジョン・アダムズ
 ー ギリスによる不当な逮捕やガサ入れが問題視されていた

 

テクノロジーの進歩を、経済成長に、どう繋げるか?

・全ての国がイノベーション震源地になる必要はない

 ー というか、なれない

・だから政府関係者は、シリコンバレーの企業誘致ばかり考えるのを辞めろ

・自国にとって最適な「取り入れ方」を検討しろ

産業革命のコア技術は全てイギリスで生まれたが、それで成長したのは、他の国だった

 ー ベルギー:積極的に技術を取り入れ自国産業を大きく伸ばせた

 ー スペイン:遅れた

 

 

Hit Refresh(ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来

Hit Refresh(ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来

 

 

書評:父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話(ヤニス・バルファキス)

 

 世界中でベストセラーになっている本書。

 
ギリシヤ経済危機の際、財務大臣を務めた
経済学者バルファキスが、10代の娘に向け、
平易なことばで経済を説明していく本だ。
 
この本は、少女の素朴な疑問から始まる。
「パパ、この世には、どうして格差があるの?」
 
それに答えるように、世の中(経済)の仕組みを
順々に説明していく。1万年前におきた農耕から
通貨の発生、富を収奪する国・宗教と話が進んでいく。

 

本書のはじまり方は、20年ほど前にベストセラーになった
ソフィーの世界」に似ていると感じた。
少女と哲学者の文通を通じ、哲学の世界を、解きほぐしていく。
 
でも実は僕は、ソフィーの世界を途中で投げ出してしまった。
哲学の世界は、掘り進めれば掘り進めるほど、
「こまかい論理のいじりまわし」になっていって、
飽きてしまったのだ。
 
この本もそうなってしまうかなぁ、と思っていたが、
予想は良い意味で裏切られた。この本は真逆で、
読めば読むほど、どんどんと現実世界に近づいていく。
 
なかなか上がらない給与の問題、
AIに奪われるか心配な職の問題、
国の存在意義と仮想通貨の問題、
日々ニュースで聞いたり、
僕自身が不安に思うようなことが、
真正面のテーマとして語られていく。
「なるほど、そう考えられるのか」と熱中した。
 
個人的に特に印象的だったのは、以下3つ。
 
1つ目は、資本主義が幅を利かすことによって、
忘れられてしまった価値観/世界観があったこと。
 
多くのものは「お金で買える」し、
また自分たち自身も、「給与(稼ぐ力)」という
”戦闘力の数値化”ができてしまう、という考え方は、
非常に近代的で、300年程度の歴史しかないこと。
 
むしろ「お金を積んで得られる」ものなんて
大したことが無かった時代が長かった。
輸血と同じで、「ボランティアならやるが、
報酬を与えると参加者の数が激減してしまう」
ような類の行動が、世の中の大半を占めていた。
 
この事実は、最近のコミュニティ論による
社会システムのリデザインには、強いヒントに
なるはずだ。
 
2つ目は、現在の経済において国家が、いかに
”清濁併せ呑”んでいるかが、良くわかったこと。
男はつらいよ、ではなく、国家はつらいよ、だ。
 
経済は、人間の業から離れられることは出来ない。
慢心から生まれるバブル、恐怖心から生まれる恐慌は、
逃れることは難しい。
 
そんな不安定なシステムを支えるためには、 
平時の国債発行が必須で、悪ではないこと。
ギリシャや日本のように、やりすぎは、当然
 良くないのだが・・・)
債務免除という「唐突なルールチェンジ」は、
それ以上に圧倒的な不合理を防ぐ為に必要なこと。
義理の問題ではなく、実務の問題だ、と言い切る。
また、不安の解消には、マネーサプライの
コントロールは、どうしても必須であること。
 
経済という不安定ながら循環し生き続けることを
定められたシステムの、国家は必須パーツなのだ。
 
そして、その延長で、仮想通貨とは、
集中管理をする存在がないという、その
レゾンデートルそのものが、大欠陥であると指摘する。
 
3つ目は、テクノロジーの行き着く先に、著者なりの解を
示していること。マトリックスブレードランナーを肴に
自動化・アンドロイド化が進んだ世界を考察する。
 
テクノロジーの進化が、富の集中を加速させ、同時に、
雇用を奪い、大衆の消費力を削って、経済全体の成長を
阻害していることに警鐘を鳴らす。
 
これを打ち破るために、テクノロジーから得られた利益を
社会全体に還元する仕組みが必要だ、と主張している。
 具体的な仕組みは挙げられていなかったが、
イメージは、AWSのようなクラウド事業の国有化だろうか。
 
確かに、IT巨人たちの得る利益は、軽く国の税収を超えてくる
時代がやってくるだろうから、荒唐無稽とは言えない案だろう。
 
最後になるが、この本に通底するのは、
著者の「経済学への怒り」だ。
いまの経済学は、アフリカの占い師と同じだと喝破する。
論証不可能なこじつけ論理を重ね、
一般人を議論から置いてきぼりにしている、と。
 
そして、我々市井の人に、経済を理解することを促す。 
「経済のことは難しいから、専門家に任せっきり」というのは、
映画マトリックスで、仮想の夢を見せられ、機械に飼われている
人間と何ら変わらないと著者は言う。
 
ギリシャ危機の火消しを担った当事者の言葉は重い。 

書評:1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法(山口揚平)

 

1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法

1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法

 

 

M&Aアドバイザーとして活躍された山口揚平さんの新著
 
山口さんの『デューデリジェンスのプロが教える企業分析力養成講座』は、ビジネスデューデリジェンスの名著で、若手コンサル時代に感銘を受けた。
 
本書は、前半が「思考の鍛錬法」、後半が「ポスト東京オリンピックの日本像」になっている。感想として、前半はGood。後半は、正直良くわからなかった。
 
前半の思考の鍛錬法は、山口さんの著書に一貫するワンネス哲学と、その鍛え方が披露されている。
 
ワンネス哲学とは、一見すると別々の現象が、裏では繋がっており、そこには確固たる構造が存在するため、それを見抜いてこそ、意味のある解決策を見出すことができるという考え方だ。一般には、構造主義と呼ばれる考え方だと思う。
 
考え方そのものは新しくないのだが、山口さんの描く、ワンネス哲学に対する自信や気概を感じられたことが良かった。「すべて構造を見抜ききる!それこそが、最善の問題解決!」という強い意志が感じられ、コンサルたるもの、これくらい自分の思考法に自信がないと、価値はだせないな、と思わせる。(コンサルは虚業だ、などという批判に惑わされては、駄目なのだ。)
 
余談になるが、こういった自身の思考への絶対的な自信は、マッキンゼー出身者に多く見かけるように思う。(山口さんはマッキンゼー出身ではないが。)世の中は、ロジカルに考えて一定の真理が存在し、それこそが拠り所となる、という信念のもと、課題解決していく。一方、BCG出身者の思考法は「融通無碍」を本尊としていて、同じくロジックに基づいてはいるものの、もっと相手の考え方に合わせ、フィットするストーリーテリングを志向するところに、より重心がある感じだ。
 
さて、個人的には、後半の「ポスト東京オリンピックの日本像」は、ピンとこなかった。まず気になったのが、コミュニティへの過信だ。
 
山口さんは、これからはソサイエティ(政府/企業/従業員)ではなく、コミュニティの時代だと言う。ソサイエティへの求心力は日に日に薄れ、働き方もフリーランスを中心に多様化していけば、横の連帯で繋がるコミュニティの力が増していくはずだ、と。ここまでは、私も同意するところだが、更にその先に一歩進んで、コミュニティが力を持つと経済体になる(コミュニティがお金を稼ぐようになったり、独自通貨の発行に踏み込む)という所は、?マークだ。
 
僕の考え方は、むしろ真逆。コミュニティは、経済活動に対して内向きな存在だと思う。そもそもコミュニティは、趣味的な繋がりのものと、経済的な繋がり目的のものがあるように思う。前者は、いわゆる趣味サークル・ボランティアサークル・コミケ同人でも商業化してない小規模なもののイメージで、どちかというと非経済活動こそが目的だ。
 
一方で、経済的な繋がり目的のものは、起業前のプロジェクトや、副業を目指す人達のネットワーク、サロンといった所だろう。こちらは、どちらかと言うと、ソサイエティに対してスノッブで、排他的。ソサイエティのダメな所を色々と挙げて、そのうえで自分たちはクリームスキミング(いいとこ取り)して、一儲けしよう、という考え方が多い印象だ。
 
イメージは、平安時代の「荘園」。荘園の力が強まりすぎて、当時の中央集権が瓦解したように、高度な社会保障と政府をもっているいまの日本にとっては、結構な危険分子になり得ると思っている。ミクロに見ても、経済志向のコミュニティは、情報商材×ねずみ講的なイメージが強くて、あまり良いイメージを持っていない。コミュニティは、素晴らしいものだが、そこに「×経済活動」をしてしまうと、相性が良くない、というのが僕の考えだ。
 
経済活動には責任が伴う。だから、法人を縛る法律があるし、得た利益を公共の利益に還元する税という仕組みもある。コミュニティ×経済活動は、一時のプロジェクトとしては有り得るのだろうが、持続可能な仕組みを目指した際に、既存のソサイエティ(特に法人)を代替するようなものでは無いだろう。
 
また、信用経済がお金をリプレイスするという考え方も、行き過ぎだと感じた。
 
山口さん(だけでなく、様々な信用経済論者)曰く、これからの時代は、お金よりも信用の蓄積が重要で、信用がお金をリプレイスしていくと。確かに、会社に所属していれば、テキトーに仕事をしているだけで、お金がもらえた時代と比べれば、信用の価値はとてつもなく大きくなっている。だが、お金をリプレイスする、というのは行きすぎだろう。
 
信用を貯めることで、価値交換が出来て、中央政府の発行する貨幣がいらなくなる、という発想は、この世の中の複雑性を軽く見すぎなように感じる。
 
僕たちのあらゆる活動は、見ず知らずの色んな人の活動の結果として成り立っている。そのなかには、まったく共感できない人が、まったく共感できないモチベーションでやっていることもあるだろう。(イメージ、パチンコ通いで、子供もほったらかしのオッチャンが、いやいややっている仕事。)しかし、そういう仕事で、世の中まわっている。普通には共感しづらい人や活動にも、隅々に行き渡るのがお金であり、言ってみれば必要悪だ。それを信用経済が、リプレイス出来るとは、到底おもえない。
 
と色々と揚げ足とりをしてしまったが、こう感じるのは、私が古い人間だからだろうか。(無邪気に仮想通貨を信じられるニュータイプになりたかった・・・)

 

1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法

1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法

 

 

書評:直感と論理をつなぐ思考法(佐宗邦威)

直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN

直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN

 

 

「戦略」×「デザイン思考」による新規事業づくりの参考書として、大変ためになる本だった。

 
著者の佐宗さんは、BIOTOPEという「戦略×デザイン」ファームを経営されており、NTTドコモから日本サッカー協会まで、幅広いクライアントのイノベーション支援をされている。
 
不勉強ながら、佐宗さんのことはこの本で初めて知った。新規事業づくりの考え方に、とても共感できる点(というか、目からウロコも)多く、今後も、活動をフォローさせて頂きたい方だと感じた。
 
個人的には、2つの点で学びがあった。
 
1つ目は、デザイン思考の「実践可能で親しみやすい」ツールが学べたこと。デザイン思考というと、シリコンバレーでは「革新的なアイデア」を産み出す方法論として定着していると聞く。(*1
 
だが、日本では、あまり人気がない。
 
ジョブスのiPhoneで再燃し、ここ6~7年ほどはブームだったが、基本「キワモノ」感のあるソリューションだと認知されていると思う。最近は、そのブームも落ち着いてきて、むしろ教養(リベラルアーツ)に力点がズレてきている気もする。
 
実際に、コンサルの現場で聞く評判としては、
 
外資戦略コンサルなみのフィーを取るのに、ウリ文句は「デザイン思考を信じるものは救われる」という宗教っぽさが、現世ご利益重視の日本人と相容れない
・かと言って、低価格の質の悪いファームに頼むと、最後は「センスが無いやつには分からない」という名の「実質タコツボ」に陥って、役員会議で盛大にスベる
  
と手厳しい声も多く、日本へのローカライズは、なかなか難しいなぁ、と感じていた。実際、デザインファーム代表格のIDEOも、日本進出には何度も失敗している。
 
一方、本書で佐宗さんが紹介されている考え方は、とても馴染みやすいのだ。なにより、肩肘はってないのが良い。”日々モヤモヤしている、イチ・サラリーマン”に向け、手取り足取りアドバイスするというトーンで書かれている。秘術を伝授するという感じではなく、Tipsに近いかたち(本書ではCLUEと表現されている)だ。
 
シリコンバレーでは、こんなクールなツールがあるんだぜ、なんで使わないんだい!?」(なだぎ武 風)ではなく、
 
「もやもやしてますか。ですよねー。じゃあ、こんなコト試してみませんか?・・・そうそう。。。そうです。はい、よく出来ました。それがデザイン思考です。」(優しいときの安西先生 風)である。
 
なかには、Tipsと呼ぶのも憚られるほどにレベルが低いのでは?と感じるものもあるが、よくよく考えると「確かに、やったら何かが変わるかも」と感じさせるものだ。例えば、 
・普段から、自分の心にひっかかった風景や物の写真をとる
・それをinstagramにあげて、五・七・五の俳句形式でハッシュタグをつける
 
そうすることで、自分が普段感じる「違和感やモヤモヤへの感度」が上がる*2し、目の前の雑多な情報を抽象化し、少ない語数で再構築する「アナロジーの力」が鍛えられる、というものだ。こういった右脳的な感性を磨くことが、結果として、事業やプロダクトのアイディエーションの力に繋がる、という。
 
こういった、明日から使ってみようと思える「実践可能なツール」を、提供しているのが、本書の凄いところだ。
 
本書のもう一つの学びは、佐宗さんのキャリアを通して、「デザイン思考 × 戦略」の可能性を追体験できることだ。
 
佐宗さんのご経歴は、開成→東大法学部→新卒P&Gのマーケターという、ピカピカっぷり。ご自身を、もとはゴリゴリ論理派のビジネスパーソンだった、と評している。それが、なぜデザインを扱うようになったのだろうか?
 
本書では、彼のキャリアチェンジを追体験しながら、ビジネス界を支配する幾つかのパラダイム(根底にある思考法)を、紐解いていく。
 
・農耕民族的な、日本企業のカイゼン思考
・狩猟民族的な、データとロジックのコンサル思考(米国流のマッチョな資本主義)
・有閑貴族的な、実績とセンスによるマウンティングが横行するデザイナー思考
 
流転の末に、「デザイン思考 × 戦略」という学際領域に行き着く彼のライフヒストリーは、大変興味深かったし、同時代に生きる人間として、共感できる部分が多かった。
 
また、マクロとミクロの視点の上手に切り替えながら、それぞれの思考法を解説していく手腕は、お見事。流石はデザイナーだ。思考法が異なると企業の組織/文化がどう変わるかを分析すると同時に、その企業にかかわる個々人のモチベーションも丹念に汲み取っていく。その巧みな語り口に、「だよな~。わかるな~。」と、思わず唸った。
 
佐宗さんの経験を追体験するにつれ、僕自身も、いまの仕事*3に自信が持てたし、これからも胸を張って、今の仕事を頑張ろうと思えた。本書には、新規事業まわりでモヤモヤを抱えている人の背中をおしてくれるチカラがあると思う。素晴らしい本だ。僕も、そういう発信が出来るようになりたい。そして、いつか佐宗さんとお仕事できたら、嬉しいな!
 
直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN

直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN

 

 

*1:実例としては、@masato_ioさん一連のTweetが、大変参考になった。

*2:自分なりのエモさを定義しよう、といったことろだろうか。

*3:僕は、新規事業の特化コンサルで働いています